07. pretender / predator

フォートコンドルを発った一行は、長老の親切な説明のためか、案外早くジュノンに着くことができた。
「なんだ、この村は?やけにさびれているな…」
クラウドの口からこぼれた言葉に、名前は肩を震わせる。敢えて無視したクラウドは近くを歩く老婆に声をかけた。
「ここはどんなところだ?」
老婆は珍しいはずのよそ者に警戒も興味も示さず、クラウドをちらりと一瞥した。
「なんだね、あんたたち?何処から来たんだい」
意図的に無視したクラウドは、
「黒いマントの男を見なかったか?」
と訊いた。
「さあ……そんなん、とんと見かけんねぇ」
クラウドの様子が不気味に思えたらしい老婆は表情を消し、立ち去ってしまった。本気で聞き込み調査をして人ひとりを追うなら、地元住民との軋轢は少ないほうが良い。そう思った名前は唇を噛んでクラウドに目で訴えてみたものの、伝わらなかったのか、クラウドは肩を竦めて浜辺へ降りてしまった。

「ねぇ~!イルカさ~ん!!」
水着の少女が沖に向って大声を張り上げて、何やら叫んでいる。呼ぶ声に応えてか、はたまた偶然かはわからないものの、波の合間と鉄塔の隙間を縫うように一頭のイルカが近づいてきた。
「わたしの名前はね、プ~リ~シ~ラ!はい、言ってみて!」
笑顔に期待を滲ませた少女は、はっと振り返った。
砂浜の砂利を鳴らしたクラウドを突き刺すような視線で検分時、腰のソルジャーベルトが目に付いたのか、あるいはその瞳の内奥に凍る魔晄の輝きを感じたのか。少女は途端に表情を険しくして、詰問するかのように詰め寄った。
「あなたたち誰なの?もしかして神羅の人間?!」
流石のクラウドも、明らかに神羅を敵対視する少女に「いいえ、元ソルジャーです」とは言えなかったのか、言葉に詰まってしまった。一拍遅れて"あなたたち"という言葉に引っかかりを覚えてクラウドが頭から疑問符を飛ばしながら振り返ると、階段を駆け下りてくるエアリスと崖から飛び降りてきた名前が目に映った。
「ちがうの!わたしたち、神羅と無関係なのよ!」
息を切らしながら力強く言うエアリスを呆然と眺め、我を取り戻したクラウドは前に向き直って、
「……というわけなんだ」
と同調したものの、先ほどの不自然な間を空けてしまったクラウドと、崖を飛んで平然としている名前への不信感を煽るだけだった。
「信用できないわ!ここから出て行って」
「まいったな……」
エアリスとクラウドが顔を見合わせていた瞬間。
「危ない!」
名前が鋭く注意を喚起し、イルカがモンスターに襲われる様子が全員の眼に飛び込んだ。
「イルカさんが、あぶない!」
何も考えられなかったらしい少女は、一目散に水中へと駆け出すも、モンスターの水を操る力によって沈められてしまった。
「あちゃ…」
「おい、助けるぞ!」
三人は確認しあうように頷き、モンスターへと走った。

ボトムスウェルと呼ばれる、この巨大なモンスターは空中に浮いているため、名前の弾丸と魔法しか攻撃する手段はなかった。もし、名前がただのタークスだったら三人は苦戦していたかもしれない。こんな時に自分の異能がありがたいとは、と小さいくひとりごちて、名前はとどめの一発を何の遠慮もなくモンスターに叩き込んだ。
モンスターが水面に落ち、活動停止したことを確認してからクラウドたちは少女を砂浜に引き上げた。自分たちは最善を尽くし、最速でモンスターを倒した。しかし……。
「まいったな…もしかして死んでしまったのか?」
三人がフェニクスの尾に手を伸ばしかけたところで、戦闘の音を聞きつけた地元の住人がやってきた。少女の祖父なのだろうか、沖に沈んだモンスターの死骸と倒れた少女、安否を確認する三人を見て状況を理解するなり少女の名を叫んだ。
「プリシラ!」
目を見開いて駆け寄った老人は少女の呼吸を確認して顔に苦渋を滲ませた。
「ダメだわい……呼吸しとらん……オッ、あれじゃ!若いの、人工呼吸じゃ。」
絶望の底に突き落とされた瞬間、老人は驚くべき精神力でそれを希望へと塗り替えて見せた。
「人口呼吸って?!」
一人焦ったクラウドだったが、エアリスは催促、名前と老人は誤解で応えた。
「クラウド、はやくっ!」
「あ、いや、あの、女の子だし……」
「クラウド、まさかソルジャー課程の応急処置講習、サボってたの?」
「なんだ、知らんのか~?教えてやるから、こっちに来なさい」
三人の顔を見比べたクラウドは焦燥、怒り、そしてパニックをそれぞれに認め、話にならないと気づいた。
「…しかたない」
「とにかく息を大きく吸い込んで限界までに息を止める。そして、その息を口移しするのじゃ。早くするんじゃ!」
混乱の極みにある老人の説明は具体的に気道を確保する方法の説明は一切なく、小学生に「人工呼吸って何?」と訊いて得られる程度の情報しかクラウドに与えなかったが、後は名前が細かな指示を出し、叱咤激励し、クラウドは無事に少女―――プリシラを蘇生させるに至った。
「う、う~ん?」
「ほほっ!大丈夫かプリシラ?」
プリシラを抱え上げた老人は、実は若いのではないかと思わせる腕力を発揮して階段を駆け上がり、どこかへと行ってしまった。その漲るエネルギーに呆気にとられた三人のうち、エアリスが看病を手伝いに行く、と言って走り去ってしまったので、砂浜には名前とクラウドが残された。
暫くすると、名前は砂が服につくのにも構わず近くの岩に腰を下ろし、靴を脱ぎ捨てて足を水と遊ばせ始めた。
「なあ。」
「ん、クラウド、何?」
隣に腰を下ろしながらも微妙な距離を保つクラウドの硬い声に対して、名前は至って気軽に答える。
「あんた、本当にただのタークスだったのか?」
「…。」
「タークスがなんで、ソルジャーの応急処置講習とか、言うんだ?」
「…教官、したことあるからね。」
「タークスとソルジャーは仲が悪い。そもそも採用されるとは思えない。」
名前はついに顔を俯け、楽しげにぱたつかせていた足も止めた。
「ソルジャーの指導ができるのは、ソルジャーだけ。違うのか?」
「…違わない。」
「じゃあ、あんたは」
「ええ、セフィロスの監査役としてではあったものの、五年前の事件まではソルジャー1stの職務についていた。中々いないかもね、二重所属」
「…。」
今度は逆にクラウドが黙ってしまう。二人とも相手にかけるべき言葉を持っていなかったか、気持ちを切り替えて立ち上がった名前は小さく微笑んで、
「内緒、だからね。あんまり言いふらしたくない」
と抑えた声でクラウドにつげ、階段を上がっていった。
「おい!」
慌てて置いて行かれまいと走り出したクラウドだったが、階段の上で先ほどの老婆に足止めを食らってしまった。
「ちょっと、おはいり。」
面食らったクラウドを促して自宅へと誘導した老婆は、クラウドにしわくちゃの笑顔を見せた。
「話は聞いたよ、プリシラが世話になったね。あんたたちも疲れただろ?休むならここを使っておくれ。」
小さく頷いたクラウドは、目の端で談笑する名前たちを捉えていた。
「ゆっくりしていっておくれ。」

小さな居間の奥でくつろいでいる名前とティファの前にたどり着くと、クラウドが口を開く前に名前が「休む?」と発言した。
「…。一休みしよう。」
なんとなく、ここで話すなと言われた気がしたため頷いたクラウドだったが、彼はこの後、謎の声に悩まされながら眠ることになる。

「ねえ、起きて、起きてったら、クラウド!」
「ティファ…」
ふたこと三言ほど言葉を交わし、二人は外へ出た。やたら勇ましい軍歌…だろうか?金管楽器と打楽器を多用した楽曲が聞こえてくる。
「ねっ、なんだか様子が変でしょ?急に騒がしくなって。」
「この騒がしさは神羅と何か関係があるのかもな。」
口々に疑問を上げる一同の前に、エアリスが下りてきた。
「プリシラ、目を覚ましたの」
続いて降りてくるプリシラにクラウドは、
「もう、大丈夫なのか?」
と声をかけた。
「あのう……助けてくれて、ありがとう。神羅の奴と間違えちゃってごめんね……。」
「かまわないよ。」
クラウドの返答に顔を明るくしたプリシラは元気を取り戻し、ポケットに入れた手をごそごそと動かした。
「お兄ちゃんにイイものあげる!海のお守りなの、大事にしてね。」
そう言ってプリシラがクラウドに渡したのは紅いマテリア。見せて、と名前が出した手にクラウドがトンと乗せてから三秒。
「…シヴァ?珍しいものを持ってるのね」
えっへんと胸を張ったプリシラに、バレットが声をかけた。
「この音楽は何だ?随分にぎやかじゃねぇか」
「これは神羅の新しい社長の歓迎式のリハーサルだと思う」カイ
プリシラの一言で一同はどよめき、上に行く方法を模索し始めた。柱を登ろう、というバレットに対してプリシラは、イルカさんの力で柱の上までジャンプしてはどうかと言った。見つかっても誤魔化せそうなクラウドと名前が先行隊に決まり見事なジャンプを決め、二人はエアポートについた。
エアポートにあった飛空艇を眺めてから基地に入った二人は、走り回る兵士と鬼(?)軍曹にぶつかって、神羅兵士に間違われたクラウドは瞬く間に連れて行かれてしまった。
「あらー…。」
咄嗟に物陰に飛び込んだ名前はそろりそろりと慎重に顔を出し、トイレの位置を記憶の片隅から呼び出し、そこまで強行突破することにした。個室で持参したタークスの制服に着替えてしまえば、声をかけるものなど居ないだろう。
途中で二、三人の兵士を当て落とすこととなったものの、ほぼ完璧に着替え場所を確保し、タークスに化けた名前は侵入経路を確保するために足で情報を稼ぎながら、携帯端末でバレットに報告した。暫くすると、一同の侵入成功との返答があり、それ以降はルーファウスの船が出港するまでの時間つぶしとなった。
することもないし、と立ち寄ったエルジュノンの酒場に一歩入ったところで、名前は固まることとなった。
「オレたちが来たからには社長の警備は万全だぞ、と」
「先輩たち、つまらない仕事だとすぐさぼるんだから」
そこにはグラスを傾けるツォンとレノ、そして頑なに手を触れようとしない女の子―――イリーナの姿があった。
扉についていた鈴の軽快な音に振り返ったレノは名前の姿に目を見開いた。
「ん?―――!名前先輩…!」
ガタっと椅子を押しのけ立ち上がったレノを、名前の硬い表情に気づいたツォンが手で制した。
名前さん…クラウドたちの先導ですか。確かにタークスの制服なら何処に入っても怪しまれない。一瞬は帰って来たのかと期待しました。」
哀愁を帯びたツォンの声に名前も胸が痛み、なすすべもなく立ち尽くしていた。
「だ、誰ですか?!」
「イリーナ、大先輩に向って『誰ですか』はやめとけ、オレのロッドの師範だ」
「…?でも、タークスは姉さんを含めて」
「イリーナ。」
「…はい」
イリーナを黙らせたレノは横を向いて「先輩、帰って来てくださいよ」と、驚くほど掠れた声で呟いた。
「ごめん、」
二人の無言の糾弾をセで受けているような気分になる。
「ごめん。」
もう一度だけ謝って、名前はするりと出て行ってしまった。

2009.02.16