06. hush, beasts

日ごろから感情的になると止まらない印象のある名前ではあるが、いざと言うときは冷静に敵を撃ち抜ける結構凄腕のガンマン、自分の信念には真っ直ぐで実はしっかりしている人だと、パーティの5人は思っていた。ところがどうだろう。今、彼らの目の前でチョコボの頭を撫でて実に嬉しそうにしている姿は、どこにでもいる、一般市民の女性のようでは無いか。しかも嬉しそうに緩んだ頬は戻る気配が無く、野生チョコボはあんまり人に懐かないからぶすっとしているのに、それさえ可愛いらしくつつかれそうになりながらもチョコボを絞殺しそうな勢いで抱きついている。
「みんな、この調子で人数分そろえるよ!」
勢いよく腕を突き上げた名前の籠手には、独立マテリア「チョコボよせ」がセットされている。
「私は要らない、乗り方がわからないし自分で走れる」
慌ててレッドが言うとちょっとがっかりした顔で
「じゃあ、5人分ね!」
とガッツポーズをしながらだだだと走り去ってしまった。後に残されたのは、さっきまでいじり倒されたチョコボと、預かってしまったクラウド。クラウドとチョコボが並んだ様子がおかしかったらしく笑うエアリスとティファ。そして、チョコボは食べられるのだろうかと真剣に考えるバレットだった。

カームから東南に進むこと、丸一日。見渡す限りの美しい平原にぽつんと立ったチョコボ舎と民家が、チョコボの飼育に関して右に出るものはないと言われる世界一の農場、チョコボファームだ。物資の補給と道の確認に立ち寄ってみると、ミスリルマインに行くには湿地を越えなければならず、湿地は大変危険だからチョコボを是非捕まえるべきであり、チョコボ初心者が捕まえるためには絶対にチョコボよせが必要であることをグリングリンと名乗る青年から機関銃に負けない勢いで説かれた。
「はい、2000ギルです」
仕方ないなぁという顔でパーティの資金をかき集めてたクラウドから小銭やらお札やらを嬉しそうに受け取り、その手に紫色のマテリアを乗せた青年の様子からして、これは相当ぼったくられたのだろう。
「あんなに嬉しそうだと次の客にばれるぞ」と悪態をつきながら自分のカーボンバングルを確認したクラウドは三つのスロットが既に攻撃マテリアで埋まっていることを見て、誰か装備できる人はいないかと声を上げた。
一人だけやたら立派な防具をつけている名前がマスターだったらしいマジカルを外し、変わりにチョコボよせを装備した。
「魔力下がる…のは別にいいとして、嫌なんだよね、自分の育てたマテリアじゃないのをはめるの」
「あんたの場合は、育ってるマテリアが強すぎるんだ。」
「知ってるよ、だからみんなに貸したら魔力供給がいきわたらなくてみんなの命が危ないから貸さないし借りないんじゃない。」

名前のマテリアは揃いに揃って貴重なものばかりで、殆どがマスター状態で子マテリアも持ち歩いている。軽々と魔法を扱えるエアリスでさえ触ることを遠慮するような、世界に五つと無い強力なマテリアばかりらしい。そもそも武器・防具も買い換える必要が一切無いほどの性能を誇る、やはり名前のために特注したものらしい。タークスはみんなそんな贅沢な装備を持っているのかと聞くと、最初は一般兵よりも使えない装備(錆びた武器、壊れた防具)を与えて素質を計るらしく、立派な装備を与えられるのはそれだけ立派な戦績をあげたものに限るらしい。そうでもないと予算がとんでもないことになるからね、と笑っていた。
名前以外のパーティメンバが持っている武器・防具はせいぜいそれぞれ3つか4つずつしかマテリアスロットがないのに、連結スロットが合計5組(10コ)に単独スロットがまだ6つもある。その豊富なスロットが効果的に組み合わされた、大変よく育ったマテリアで埋まっていると考えると、やはり絶対に敵に回したくない人物No.1だ。

―――そして物語は冒頭に戻る。
クラウドがぼんやりと名前の恐ろしいほどの強さについて考えているうちに、本人は一人であと四頭ものチョコボを捕まえてきたらしい。
「じゃじゃーん、これで湿地を渡れるんですよー」
もう、あんたはガキか?と聞きたくなるほどのはしゃぎっぷりだ。その癖、多分湿地に出る魔物だって倒せてしまうんだから、たちが悪い。
エアリスとティファが嬉しそうに、バレットが恐る恐るチョコボに跨るのを視界の端で確認しながら、えいっと掛け声をかけながらチョコボに飛び乗った。

大丈夫だろうと思いながら、名前は陣形の作戦をみなに説明した。
「足の速いレッドが先頭で斥候、次にクラウド、ティファとエアリスは斜めにならんで、バレット。少し離れて私が殿を務める。それでいいかな?」
淀みなく説明してから眼で名前が仲間に問いかけると、クラウドが首をかしげて問うた。
「理由は?」
「機動力のあるレッドが様子見、破壊力のあるクラウドが万一敵とぶつかったときの保険、エアリスは魔法で援護、ティファはエアリスのガード、バレットは横からの攻撃に備えて、私はバックアタック防止要員だよ。」
「わかった。」
大きく頷いて、走り出したレッドのあとをクラウドの騎乗するチョコボが駆けていく。陣形を守りながら出発する全員を見送ってから名前は小さく笑い、「まあ、これくらいの湿地なら普通に歩けば良いんだけどね」と呟き、チョコボの脇腹に踵を打ち込んだ。

湿地帯はタダでさえ走りにくく、走るために生まれてきたような鳥であるチョコボでさえ、泥やら水やらを蹴散らしながらだといつもよりかなり遅くしか進めない。
「まずい・・・」
唇を噛んだ名前は、ちらちらと後ろを振り返りながら呟く。人より耳が良いのか、泥を猛烈な速度で這う蛇の怪物が立てる音を誰よりも早く聞きつけて名前はチョコボを急かす。
「まずい、あれに追いつかれたら私もみんなを守りながら倒せる気がしない。」
その怪物の種族名はミドガルズオルム。この湿地帯の王者であり、生態系を破壊してしまうほどのモンスターだ。ただ一つの弱点が湿地から出られないこと。強烈な火を身の内に抱えるミドガルズオルムは水の豊富な湿地から出てしまうと体温が抑えられなくなってたんぱく質の変質で自滅してしまうと、そう宝条のモンスター白書には書かれている。(作者注:作者の妄想同然の仮説です)
そんなモンスター相手だ、あたり一面を焼き尽くしかねない炎(学者はこの、体内で発生した余剰熱を全て熱エネルギーとして敵にぶつける現象をベータと呼ぶ)を喰らってしまえば私は平気でも仲間がみんな倒れてしまう。蘇生は持っているけれど、詠唱の間に次のズオルムが来てしまえばもう消耗戦でしかなくなる。
どうする。どうすればいい。
戦局判断を過てば取り返しのつかないことになる。

後ろから迫る泥の撥ねる音に他のみんなも気づいたのか、ちらちらと不安そうに背後を確認している。
マインまであと少し。湿地の終わりまで持つだろうか?
そう思って前に「急いで!」と声をかけようとしたとき、名前は背後で蛇のhissssという威嚇音が発せられるのを聞いた。もう零距離とも言うべき状態だと認識を改め、チョコボの向きを180度変えながら前方に指令を飛ばす。
「私は此処で足止めをしているから、その間に早く湿地を抜けて!抜けたら目印にファイアを一発よろしくね!」
心なしか青ざめたバレットが頷いて「急げ!」と叫ぶのを視界の端に認めてからチョコボから飛び降り、銃を抜いた。騎手がいなくなるなりどこかへと信じられない速さで駆けていってしまったチョコボに若干の未練を感じながらズオルムと対峙した名前は不敵に笑う。
「私からチョコボを盗った代償はきっちり払ってもらうよ?」

チョコボに逃げられたせいで、目印のファイアが上がってからも三匹ほどのズオルムに襲われながら湿地の果てまで歩く羽目になった。無傷とはいえ、中々不愉快だった。今度チョコボファームに来る機会があったらチョコ房を2,3個借りて、自分専用のチョコボを育てようか。
そんなことを考えながらミスリルマインの入り口へと歩いていたら、名前は思わず足が止まるような光景に出くわした。湿地帯とマインの間に立っていた木が枝を失い、代わりに巨大なミドガルズオルムをその切っ先にぶらさげていた。
「クラウドたちには出来ないから、先を行っていた黒マントの男――セフィロス?」
名前の知るセフィロスは徒に殺めることは決してしなかった。クラウドの言ったように、彼は狂ってしまったのだろうか。
「そんなこと考えてても、仕方ない、行かなくちゃ。」
目印のファイアは空に打ち上げたはずなのに、墜落したのか枯れ草に燃え移っていた。靴で踏み潰して鎮火してから、見当たらないクラウドたちは先に進んでいるのだろうと考えて走り出した。

マインの中はやはり人が掘りぬいた採掘用の洞窟というだけあって非常に歩きやすかった。出口は多分こっちだな、と思って岩の割れ目をくぐると、そこにはクラウド、エアリス、レッドと、三人と対峙するツォン、ルード、そして見たことの無い金髪の女の子がいた。
名前が誰だろう、と首をかしげてクラウドたちの後ろに隠れているうちに、
「それでは、私とルード先輩は【ジュノンの港】へ向かったセフィロスを追いかけます!」
元気よくうっかり、クラウドたちにセフィロスの情報をもらした女の子―――イリーナというらしい―――はツォンに叱られてしおれながらも敬礼してマインを抜けていく。同じように出て行きかけたルードは、レノがレノの言葉を言い残してから音もなく行ってしまった。
二人がいなくなったことを確認してからツォンはエアリスのほうを見て、少し優しい眼をする。
「さて……エアリス……久しぶりだな。しばらくの間、君は神羅からは自由の身だ。セフィロスが現れたからな。」
名前はツォンが本心から彼女の自由を祝福していることが分かったものの、エアリスは今まで自分を散々追い掛け回し、監視して来た男の言葉が皮肉にしか聞こえなかった。
「……なに、言いたいの?セフィロスに感謝しろって?」
「いや……。寧ろ、名前さんに感謝したほうがいいだろう。あまり会えなくなるが元気でな。」
「……あなたに、そんなこと言われるなんて、不思議」
エアリスが首をかしげて、
「でも、名前?」
と言った。
小さく頷いたツォンは三人の後ろに隠れた名前を見つけ、
「そこの名前さんが、私たちタークスよりもしっかりエアリス、君の身を守ると言っていたからな。監視は護衛も兼ねていたから、それなら名前さんに任せておけば良いだろうという判断だ。
では、諸君。できれば神羅の邪魔はしないでもらいたいものだな。」
ツォンもそう言うと先の二人と同じように足音も立てずにすっと消えていった。

名前、あんた、タークスのために働いてるのか?」
クラウドは厳しい顔をして名前に問いかけた。
「違う、私は自分に課した誓いのためにエアリスを守るの。それをタークスが勝手に、自分の都合のいいように解釈してるだけ。」
「タークスが敵に回ったら、倒せるのか?」
「遠慮せずに攻撃する。大丈夫。行こう、セフィロスにおいていかれるし、それこそタークスに先、越されちゃうよ。」
さらりと話題を転換し、先ほどのツォンのように音も立てずにマインを出て行った名前の姿に、誰もが不安を感じざるを得なかった。

マインを出た一行はそのまま徒歩で川沿いを歩いていたのだけれど、ふと対岸にある洞穴に眼をやった名前はクラウドの肩を叩いて、
「いつか、川を渡る手段を手に入れたら、あっち側に行ってみよう。物知りなおじいさんが住んでるんだ。」
と言った。
適当に相槌を打ったクラウドにがっかりして、名前は無言で歩き続けることとなる。

「おい、名前、あれはなんだ?」
名前がこの地域に精通していると思ったらしいバレットは左手に見える丘、魔晄炉、そして巨大な鳥を指して問いかける。
「・・・ん?えーと、確か、魔晄炉のことで神羅と揉めてた集落だったと思うんだけど・・・」
「おう、つまり反神羅組織アバランチが訪ねたら歓迎されるってことだな!」
満足げに大きく頷いたバレットを引き止めるように名前は、
「そうとは限らない。穏健派がいたら、袋叩きに会うよ。」
と怒り出しそうなバレットを宥めた。このまま反対意見ばかりぶつけていても仕方が無いと察し、話を聞くくらいならして良いんじゃない?とも言う。
クラウドたちは疲れを癒せる宿だけでも借りられたら・・・と方針を決定し、フォートコンドルと名乗る砦に赴くことにした。
どうやら、この砦は神羅の侵攻に遭っているらしい、と知ったクラウドたちはその場で手を貸すことを決め、バレットが言ったように歓迎された。大変貧相な品揃えの店に案内されたり、司令塔とは思えないぼろ小屋を見せられたりした後、念願のベッドにたどり着けた。やはりベッドもぼろぼろしていたが、それでも布団がある喜びと言うのは何を以ってしても代えがたい、至福のひとつには違いなく、一行は幸せな眠りを味わった次の日に神羅との戦いに手を貸し、ジュノンの方角を聞いた後、再び旅立つこととなった。

2009.02.16