01. city of the damned

鳩時計が深夜を告げた。名前はそろそろだろう、と立ち上がり、装備を確認した。
ロッド良し、拳銃良し、防具良し、装飾品良し、マテリア良し。準備万端、一個師団…には負けるだろうがそこいらの盗賊ならねじり潰してやれる。
いくぞ、と小さく気合を入れて五番街と六番街の境界に向った。
(ああ、遅刻してたらかっこ悪いなあ。)

同じ頃、ゲインズブール家のあてがわれた部屋で眠っていた自分を恥じたクラウドが起きだし、そろりそろりと階段を降り、エアリスがついて来ないことを確認してから境界へと駆け出していた。もう一階に名前がいない様子から、自分の方が遅いことは解る。無愛想なんだか幼いんだかよくわからない上に何者かさえわからない女の力を借りること自体も相当癪だったけれど、遅刻をするのはもっと癪だ。人気のない五番街を駆け抜けながらふと、何故名前も魔晄の眼なのか、と考えたが、次の瞬間にはそんなよそ事は頭から吹き飛んだ。
目の前の境界に、何故か不機嫌そうな名前と一緒に、勝ち誇った笑みを浮かべたエアリスがいる。
「え?」
「お早い出発、ね」「馬鹿もん、あれほどエアリスに危険を冒させないように考えたのにあっさり先回りされるとは。」
「危険だとわかっているのに、あんたにたよるわけにはいかないって思ってそっちの人に案内を頼んだのに……。」
「言いたいことはそれだけ?名前の方が私より強いのかもしれないけれど、名前がいるなら私も安全だから気にしないでいいのに。さ、行きましょ!」
愕然としたクラウドはエアリスを追う名前にギロリと睨まれ、竦みあがりながら二人に遅れないように走り出した。

六番街の入り口には、公園がある。すっかりくつろいで夜の散歩を楽しんでいるエアリスが遊具を見て、
「ちょっと休もっか。なつかしい、まだあったんだ。クラウド、こっち!」
と滑り台を登ってしまった。
「エアリス、落ちないでよ?」
苦笑いを浮かべながら名前もブランコに座る。その様子からここが安全らしいと推測したクラウドは手招きするエアリスの隣に腰を落ち着けた。
「あなた、クラスは?」
「クラス?」
「ソルジャーのクラス」
ソルジャー、という単語にぴくりと名前は反応したものの、黙って話を聞き続ける。
「ああ、俺は……クラス……1stだ」
「ふ~ん・・・おんなじだ」
「誰と同じだって?」
「初めて好きになった人」
名前もクラウドも吸い寄せられるようにエアリスのほうを見るが、本人は悲しげな眼をして記憶に浸っていたためか二人の視線には気づかない。
「……つきあってた?」
「そんなんじゃないの。ちょっと、いいなって、思ってた」
哀しみを和らげようとしたのだろうか、クラウドは躊躇いながら言葉を重ねる。
「もしかしたら知ってるかも しれないな。そいつの名前は?」
「もう、いいの」
公園を沈黙が包む。それぞれ抱いてきた過去がそうさせているのかもしれない。
そうしているうちに、交通規制がなされている七番街とのゲートが開き、一台のチョコボ車がウォールマーケットの方へカラカラと車輪を鳴らしながら通っていった。何気なく振り返ったクラウドは驚きのあまり立ち上がって叫んでしまう。
「ティファ!?」
エアリスも名前も同時に振り返って、チョコボ車の後部に乗った女性を興味深げに見た。
「あれに乗っていた人がティファさん?どこいくのかしら?それに、様子が変だったわね……」
エアリスはそう呟いてクラウドも名前も放ったままウォールマーケットの方へと走り出してしまった。
「ちょっと、エアリス、危ないよ!」
「まて!俺ひとりでいい、帰れ!」
置いていかれたボディーガード二人は顔を見合わせ、思わずため息をこぼしてしまってから肩を並べてエアリスを追った。

そしてそれから暫くのこと。蜜蜂の館でティファの情報を掴んだ一行がこの町のドン、コルネオの屋敷の門でひそひそと作戦会議をしていた。
「どうしよう、女の子しか入れないなんて・・・まあドンらしいっちゃドンらしいけど」
「俺は男だからな、むりやりはいったら騒ぎになってしまう」
名前とクラウドが大真面目に考えているそばで、くすくすとエアリスが笑い始めた。二人が怪訝な顔をすると、エアリスは名案よと呟いた。
「クラウド、女の子に変装しなさい。それしかない、うん」
「ええっ!?」「そんな?!」
眼を丸くする二人のことなど気にも留めず、エアリスは門番に友達を連れてくると告げ、クラウドの手を引いてウォールマーケットの方へと戻っていった。

その後、丸々一日かけてウォールマーケット中を飛び回り、なんとか女装キット(シルクのドレス、ブロンドのカツラ、ダイヤのティアラ、セクシーコロン、ランジェリー、蜜蜂の館の女性による化粧)を完成させたクラウドと、そのクラウドちゃんを満足げに見守るエアリスをドンの門の前まで送った名前は、当然着いてくると思っていた二人を裏切るようなことを言い放った。
「えーと、私はドンに面が割れてるから、外で待ってるね。あんまり遅かったら突入する。いってらっしゃーい。」
「え、アンタも来ると思ってた・・・」
呆然とするクラウドをひっぱって「クラウドちゃん、おしとやかに!」と注意したエアリスは不思議そうな顔で名前に、
名前、この街に来てたの?」
と訊いた。
「うーん、大分前のことなんだけどね。ドンは私がどういう人か知ってるから、あんまり顔出したくないんだ。ごめんね、危ないって解ってるのに。こっそり入るのには向いてないってだけだから、陽動とかしようか?」
「ううん、いいよ。じゃ、3時間!それだけ待ってて。」
「解った。宿屋にいる。気をつけてね、エアリスもクラウドも。
クラウドはエアリス、ちゃんと守ってよ。」
「ああ、解っている。」
門番が興味津々というような表情で三人を見ていたが、名前が入らないと解ると少し残念そうな顔をした。
「お二人さま、お入りー」

「・・・・遅い。」
クラウドとエアリスが入ってから、三時間半。ドンのことだから夜にならないと"お嫁選び"はしないだろうと思うけれど、それにしても、遅い。
ティファさんには会えたんだろうか。会えなかったとしても、危ないんだから諦めて引き上げるべき。つまり、今出てきてないのは事故・・・?
そう気づいた名前は勢い良く跳ね起きた。
完全武装で寝転がっていたあたりから既に突入する気満々だったのが伺える。釣りは要らないと100ギルほどカウンターに叩きつけ、そのまま夜のウォールマーケットを抜けていく。
客引きがうるさいから途中の服屋(奇しくもクラウドがドレスを作ってもらった店だった)で黒いロングコートを購入し、その場で着た。あまり女性的とはいえない体型と組み合うと男物のコートは少女を青年に見せかける。うるさい人ごみをかきわけてドンの屋敷の前につくと、門番が「男はお断りだ」と言った。
「生憎と、これでも私は女性はやめてないんですよ」
言うと同時に銃把を門番のみぞおちに叩き込み、くずれおちる横を通るときに懐から鍵を失敬する。
「悪いけど、友達を迎えに来たもんでね。」
受付嬢ならぬ受付マンを物理的に黙らせ、二階の捜索に入ってからも次々に現れるコルネオの子分たちが私を認識する前に殺さない程度に落としつづけた。子分部屋にも、おしおき部屋にもいないとなると、ご本人の部屋か。そう思って扉を蹴破り、控えていた子分の幹部も薙ぎ倒した。
奥の寝室に踏み入ると、ベッドに寝そべる醜悪な男がニヤニヤと私を出迎えた。
「ほひ~、おなごが来たの~」
ずいぶんと寝ぼけたことを言うやつだ。そう呟いて、名前はコートの中で弾をこめていた銃の照準をコルネオに合わせる。
「うわわわわわさっきから何なんだ物騒な・・・ほひ~」
「さっきから?」
「おれから情報を引き出そうったってわわわわ」
その後は、暫く前も演じられた降伏して情報を吐き、下水に落とす作戦が展開されたのだけれど、コルネオが「音死阿奈」と書かれたマットの上に自分を誘導していることに気づいた名前の機転によりクラウドたちの二の舞を踏むことは防がれた。
「七番街のプレートを落とすだなんて、卑劣なことを・・・神羅も、あんたもね、ドン!」
最後に側頭部を殴って退散する。あまりここにいる時間はない。早く、七番街の人たちに知らせなくては。

わき目も振らず七番街との間のゲートを目指す名前は、しかし貴重な時間を費やして一つだけ関係のないことをした。公衆電話に取り付いて、神羅本社に電話をかけたのだ。
「総務部調査課に繋いで欲しい。コードはT-m74-J2WXだ。」
「はい、コード確認。調査課に繋ぎます。」
「こちらツォン。……!?名前さん?!一体、何が?」
「お久しぶり、ツォン。コルネオが情報をリークしたよ。あんなのに機密を握らせるだなんて、神羅は五年の間に落ちたね。」
名前さん、」
「ツォン、私はあくまで一般人としてコルネオのことを垂れ込んだだけ、ただツォンに直接連絡を取りたくて自分のコードを使った。私から情報が出たなんていわないで。」
「……わかりました。仕方がありません。今度、本社にいらしてください。名前さんとはまた話がしたい。」
「うーん…そのうち。じゃあね。」
「はい、また。」
通話が終わったことを確認して、名前は電話ボックスを出た。
「やれやれ、さすがにお節介だったかな」

2009.02.16