また子の怒り、それに笹に群がる群衆も去った頃。万斉は集まった面子に短冊を一枚ずつ渡した。因みに五枚全て、裏は全員集合バージョンである。
「お主らも書くといいでござる」
 駅前の百均の袋から十二色一セットの水性ペンを差し出す。平たいビニールの袋に同封された厚紙に、ポップな動物達が笑っていた。
 また子が毟り取るように桃色を選び、万斉が青を選び取り、事務的に武市が緑を宣言し、控え目に似蔵が橙色を所望し。携帯を弄っていた晋助に、万斉が赤を差し出す。
「俺ァ書かねェ」
 目の前に置かれた短冊に、晋助は目もくれない。
「大丈夫でござるよ、晋助。晋助の願いが“身長が伸びますように”でも誰も笑わぬ」
「何でそうなる」
 反射的に顔を上げる。鼻先には、赤いペン。思わずペンを奪い取る。抗議しようとした晋助よりも早く、万斉が言葉を紡ぐ。
「ならば書け」
 渡すだけ渡し、万斉は晋助から離れる。反駁しようとその背に口を開こうとして、室内でいそいそとペンを走らせる三人の姿が目に入った。開こうとした口は舌打ちだけして、結局晋助もペンを握る。
「はい、出来ました」
 真っ先に書き上げたのは武市で、室内にいる全員に見えるように掲げた短冊には几帳面そうな字で『合格祈願』と書かれていた。
「つまらねェなァ」
 晋助が口の端を釣り上げても、流石は武市。「つまらなくて結構です」の二言で済ませる。
「俺も書けたよ」
 次に声を上げた似蔵に、好奇の目が向けられた。何を書くのか、ある意味最も興味深い人物だ。
「『晋ちゃんの栄光』」
 読み上げた内容が、短冊一杯に書き殴られていた。
「晋助先輩のこと、気軽にその口で呼ぶことは許さないっス」
 また子の辛辣な物言いも、流石に今回は誰も諫めなかった。
「また子さんは何を書いたんですか」
 しかし更にまた子が言葉を続けようとするのは、武市が留まらせる。また子は一瞬武市を睨んだが、すぐにその真っ直ぐすぎる目に負ける。
「あんたらには教えるつもり、ないっス」
 落とされたまた子の目が次に向けられたのは、晋助だった。武市が軽く頭を振ってから、晋助に目を向ける。晋助はまだペンを走らせていた。
「高杉さんは、何と?」
「俺ァ」
 調度仕上がったらしい。高杉が短冊を掲げた。
『世界征服』。しかも御丁寧にレタリングされている。短時間の割りには、妙に出来は良かった。
 誰も、何も言わなかった。
「拙者も出来たでござる」
 さっ、と三人の目が晋助の願い事から逸らされる。当然三人とは、発言した万斉と晋助を除く三人である。
「ああこれはまた、あなたらしい」
 武市の納得ぶりに釣られるように、少し遅れて晋助も万斉の短冊を見やった。
『鬼兵隊の講演が成功しますように』。少し縦長の、読み易い字である。
「確かに、てめェらしいな」
「拙者等の努力だけでなく、周りの協力も必要なことでござるからな。星に願っておくのも、また一興」
 万斉はパイプ椅子から立ち上がり、窓に近寄った。それに呼応するように、皆も短冊を笹に吊るすべく席を立つ。順々に笹に願いを託していく。最後に残ったのは、また子だった。皆の視線が集中する。
「み、見たら承知しないっスから!」
 顔を真っ赤にして、武市と似蔵を追い払う。真っ先に用を済ませていた万斉と晋助は、既に離れて自らの荷物の整理を始めていた。
 武市と似蔵が離れたのを確認してからも、ちらちらとまた子は背後を伺う。それから精一杯背を伸ばした。彼女の手の届く、出来る限り星に近い所に短冊を吊るした。
「で、何て書いたんだ」
 似蔵が尋ね、また子が無言でぴしゃりと窓を閉める。ゆっくりと振り返ったその顔は、満面の笑み。
「黙れ」
 見かねた武市が帰りを促し、似蔵と武市が部屋を出て行く。
「帰るぞ」
 荷物をまとめ終わったらしい。晋助が言い放って、ドアへ向かう。
「あたしも帰るっス」
 慌ててまた子がそれに続く。
「おい、万斉」
 晋助は部屋を出たところで室内を省みた。また子も出ようとした足を止めて振り返る。万斉は窓際にいた。
「拙者はここから出る故、門の所で待っていてくれぬか」
 窓際に置かれているのは、紛れもなく万斉の靴である。
「あっ」
 小さくまた子が、声を上げた。
「そうか」
 しかし晋助があっさりと頷いて去ってしまうから、また子はそれについて行くしかない。結局また子はおろおろと万斉と晋助の間を視線が行き来した挙句、慌てて晋助を追いかけた。
 万斉はぐるりと室内を見渡した。一人である。恐らく校内に残っている生徒がそもそも、ほとんどいないだろう。音もなく万斉は一度ドアの近くまで行って電気を消した。それから、微かに空に残った夕日の赤が透ける窓を開ける。足元に置いておいた靴を、向こうの地面に落とす。軽々と窓枠を跨いで、靴に足を入れる。低い姿勢のまま窓を閉じ、潜るように笹の下から這い出る。そして身を起こして、沢山の願い事を抱えたそれを仰いだ。二階から吊るされたらしい短冊もある。その、一階から少し上ではあるが二階には遠く及ばない高さの短冊に万斉は目を止めた。
『好きな人が、私のことを好きになってくれますように』。
 桃色の、丸みを帯びた今時の女子生徒らしい文字。
「傲慢な」
 口を歪めて、万斉はその短冊を手に取る。結び目を丁寧に外して、万斉は幾分か高いところにそれを移す。
「しっかり、頼むでござるよ」
 葉を撫でると、さらさらと揺れる。沢山の願いを身に纏い尚、笹は暮れ行く空に背を伸ばしていた。

願いを少しだけ、星に近付けてあげよう。

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 二ページ目の内容しか想定していなかったのですが、みんなでわいわいやっているところが予想以上に長くなってしまいました。
 似蔵が緑でもいいなと思ったのですが、武市が緑かと思ったので似蔵が余りものの橙色です。まあ、彼はサングラスの色が橙色ですし。
 若干てきとうですが、これからもお付き合い頂ければ幸いです。

20090707 縁