09.come across our pasts.

なんとか周囲の眼を誤魔化しながら、船から港へ降り立つことに成功した一行は、作戦会議とはいえない程度の会話の後、散開し、それぞれ思い思いの休息をとることになった。
アカハナが乾いてつらいと主張したレッドは建物の影に、バレットは宿屋の洗面所を占拠し、クラウドは町を歩き回り情報を集め、ティファは久しぶりに再会した友人と雑談に興じ、エアリスは―――エアリス?名前はエアリスの姿が見当たらないことに気がつき、慌てて町のあちこちを探し回った。
タークスと訣別し、ツォンに自分がエアリスを守ると豪語しながらこの体たらくでは、話にならない。何年か前まではゴロツキが裏道に溢れていたような治安しか維持できていない町で、エアリスを一人にするだなんて!
「クラウド。エアリスを見なかった?」
「……いや、多分みていない。どうかしたのか?」
「いないから。心配になって。そうだ、クラウド、一緒に探しに来て。」
「え、ちょっ」
名前が怖い顔のままクラウドの腕を引っつかんで歩き出したせいでクラウドは顔を引き攣らせ、心配性にもほどがあるだろう…などと呟いた。
「なんか言った?」
「いいえ何も。」

二人は暫く町を歩き回ってから、浜辺を探し忘れてるんじゃとクラウドの指摘により砂浜への階段を下りていた。
「でも、あの子が砂浜で遊んでるってことはないんじゃないかな……クラウド、あんたが水着の女の子を見たいだけじゃないでしょうね。」
「それはない。」
「そうだと願って……エアリス!」
階段の下、岸壁の近くに突き立てられたパラソルに入り、離れたところを伺っていた古代種の少女だったが、名前の声に反応してはっと振り返った。
「あ、二人とも、あれ、見て!」
たたた、と駆け寄ってエアリスが指したのは長椅子に寝そべる白衣の男と……その周囲に侍る水着の女性たち。
「悪くない眺めだな…」
「ちょっと、クラウド。やっぱり水着の女の子目当てだったんでしょ。違う、そっちじゃなくて白衣の宝条を見なさいってエアリスは言ってるの。」
名前はさっきより更に怖い顔で、今度はクラウドの背中を押した。
「話つけてきなさい。」
名前も来ればいいだろう。」
「みんな、行こう?」
「・・・・・・うん。」
エアリスの鶴の一声で三人は砂に足をとられながら、のそのそと宝条の前へと歩いていった。

「あら!!なにか御用?」
宝条の横に座った水着の女性が愛想笑いを浮かべながらクラウドに声をかけた。
「そこの男に用がある。」
女性は、冷たい表情に腹を立てたのか、不満げに唇を突き出しながら宝条に擦り寄る。
「ねぇ、宝条博士~。怖い人が、用があるって~」
「今忙しい」
「……だって~。残念でしたぁ~」
得意げに宝条の腕を抱きしめ、見下すように三人を眺めていた女性を振り払うように体を起こした宝条は、揃っている顔ぶれにほうと嬉しげな息を吐いた。
「待ちたまえ。君は確か、私の記憶にある……ああ、そうそう。思い出したよ。久しぶりだな、クラウド君。」
「宝条……」
クラウドが奥歯をギリリと鳴らすのにも構わず、宝条は僅かに微笑んだ。
「たまにはこういうのもいいものだね」
「……何をしている」
「見てのとおりだ。日光浴」
「まじめに答えろ!」
冗談に付き合ってくれないクラウドからつまらなさそうに顔をそらし、名前のほうを向いた。
名前、君も日に焼けないような生活をしているようだけれど、たまには日光浴をするといいんじゃないかね?」
「宝条博士、生憎と私は毎日太陽の下で歩き回ってもこの色のままなんで。余計なお世話だよ。」
「ふむ、やはり老化は見られないか。不思議だな、少々調整が違う程度で殆どのソルジャーたちと変わらない処置しか施していないのに。特異体質でもあるのか?いや、しかし検査した際には何も…」
「宝条、少し、黙れ。」
今にも銃を抜きかねないほど殺気だった名前を眺め、ゆるく首を振った宝条はまた中央のクラウドに視線を戻し、さきほどの会話の続きに戻った。
自分の好き勝手な仮説を唱え、実験のサンプルにならないかと持ちかけ、激昂したクラウドをエアリスが止めると今度はエアリスに目を移した。

「おや、時に君は……古代種の娘ではないか。」
「わたし、エアリス。名前くらい覚えなさいよ。ねえ、宝条博士。教えて欲しいの。
わたし、自分が古代種なのは知っている。母さんから聞いたから」
少し不安げなエアリスの口調にまともな世間話をする気になったのだろうか。宝条は目を細め、唇にゆるい笑みを刻んだ。
「母さん?ああ、イファルナか。元気にしてるのか?」
「知らないの?死んじゃったよ」
「…そうか」
普通に会話しようという試みがものの見事に頓挫した上に、自分のかつての実験サンプルが死んだと聞いてはさすがの博士も気落ちしてしまうらしい。
「ねえ、博士。ジェノバは古代種なの?セフィロスは古代種なの?わたしと同じ血、流れてるの?」
エアリスの少し切羽詰った質問が何か、宝条博士として口外してはならない機密でも触れていたのだろうか。途端にぼそぼそとしか話さなくなった博士が、西へ行けと言っているらしいことだけは何とか理解し、三人は博士から離れた。

明日には出発だ、とクラウドが口にすると二人はすぐ宿屋に向おう、と言った。
三人で宿屋に向う間、誰も何も言わず、部屋を取ってベッドやソファーに腰を落ち着けてからエアリスが口を開いた。
「フゥ……なんだか、疲れちゃったのね。わからないこと、多くて。ちょっとだけ、不安なんだ。」
無理もないだろう。自分だけ、他の人類とは違う存在なんだといわれていれば、不安にもなる。そう思っても適切な言葉を見つけられなくて、名前は黙っていた。
「ねえ、二人とも?私のこと、どう思ってる?」
「どうもこうも、わからないよ。」
「エアリスはエアリス。わからないとしても、それでいいと思う。」
「………そうだね。私も、わからないの。自分のこと。
私、どの辺が古代種なの?古代種ってどこがどうなの?へんだよね。わからないよ…はあ、堂々巡り。こういうのって答え、あるのかなあ。難しいよね、色々。」
勢いよくそうまくしたて、ぱたんとそのままベッドに横になったエアリスは弱弱しく微笑んで、先に休ませて、と呟いた。そのまま目を閉じ、眠ってしまったかのように見える。
エアリスの様子を横目で伺いながら、お向かいのベッドに腰掛けたクラウドはソファに寝そべる名前に声をかけた。
「おい。」
「んー?」
「タークスとソルジャーの二重所属をするためには、不老にならないといけなかったのか?」
一瞬の沈黙の後、やだなあ、と笑いながら名前は起き上がり、ソファの背に顎を乗せた。
「どうせ、宝条の馬鹿が何かミスして年を取らないように見えるだけだよ。本当に年を取らないわけ、ないでしょ。人間なんだから。」
無理して笑っているように見える名前にクラウドは険しい表情で、
「あんた、何歳なんだ」
と聞いた。何を聞かれると思ったのだろうか、口を開きかけたところで止まった名前は口を半開きにしたまま、目を伏せた。
「いくつに、見える?」
「俺より少し上くらい」
「そう。じゃあ、それでいいじゃない。」
顔を俯けたまま、硬い声で答えられて引き下がれるものではない。
「何年生まれなんだ?」
「しつこいね、女の子の年齢は聞いちゃいけないってお母さんに教わらなかった?」
「あいにくと。」
「もう。……。」
葛藤でもあったのだろうか。何度か瞬きしてから名前は顔を毅然と上げて、その魔晄色の瞳でクラウドの眼を真っ直ぐ見た。
「62年、よ」
「?!」
クラウドが生まれたのは86年。この圧倒的な強さを誇る元タークスは、自分より24歳も年上なのか?
「随分な若作りだったんだな」
「うるさいな、殺すよ」
冗談でそんなことを言う人じゃない。この僅かな旅の間でもそれくらいは解っているクラウドは慌てて謝った。
「私も、好きで若いわけじゃないんだよ。小さい弟だと思ってた人は、いつの間にか私より年上に見えるようになっちゃうんだもの。嫌になる。」
「……。」
「職場でも、何時まで経っても新入りに先輩って思ってもらえなかったしね。嫌なことの方が多いってこと。」
「悪い。」
「いいよ、こうしたのは宝条だし、実験を許したのは私だから。」
視線を彷徨わせるクラウドを見て、困らせているらしいと気づいた名前は明るい声で私も先に休む、と言い、その場でごろりと寝転がった。
瞼を閉じた顔の何処にも50才を目前にした年月は感じられず、この人は永遠にこのままなのかもしれない、と思ったクラウドは身震いをして、自分もまた布団にもぐりこむことにした。

2009.02.16