杏色の髪に触れる。
「何」
「いや」
 すぐさま振り返られたせいで、手を髪で打たれた。
「綺麗でござるなあと」
「そう。俺は万斉さんの目が好きかな」
 引っ込めようとした手を捕らえられ、甲に口付けられる。上目遣いに見上げて来る青い瞳は、悪戯っぽく煌めいていた。
「強い奴と、戦いたい」
 更に手を引っ張られ、導かれるままに傍に寄る。
「そんな目をしてる。なのに、下らないものに縛り付けられてる」
 もう片方の手がサングラスを外した。そのまま頬を撫でられる。
「中途半端だね。だから弱い」
 かと思えば、思い出したようにヘッドホンも外された。作ったような笑い声が、直に耳朶を打つ。
「でも、万斉さんはまだまだ強くなれるよ。確かに総督さんも面白そうだったけど、あの人はもう駄目だよ」
「そうでもござらぬ」
「ほら、そういうところ」
 今度の笑いは、幾分か自然だった。年相応だ。
「切り捨てないんだよね、総督さんのこと。だから弱いままだ」
 愛おしげに頬を撫でる手つきは年相応ではない、か。
「わかってるよね」
 引き寄せられる。膳などとうに脇へ追いやられていた。万斉は全く抵抗しない。
「もう地球は駄目だよ。うんそう、総督さんの言うように腐ってる。強い奴と戦いたいなら、俺んとこ来てもいいよ」
「未来の海賊王の、仲間でござるか」
「そうだよ。魅力的でしょ」
 最早体は触れていた。前屈みになるのは腰が痛くなるからと、姿勢を正そうとしたら反対方向に倒される。所謂、押し倒された状態。
「しかし阿伏兎殿の様子を見ていると、あまり気が進まぬ」
「この状況で阿伏兎の名前出すかな、普通」
 阿伏兎の名を出せば彼が戻って来る可能性を思い出してくれるかと思ったが、逆効果だったらしい。
「ああ、阿伏兎なら戻って来ないよ。俺の仕事してるから」
「やんちゃな上司を持つと、部下は大変でござるな」
 神威の手が、万斉の首にかかる。
「万斉さんには楽させてあげてもいいけどね」
「それはそれは、光栄でござる、な」
 なるべく呼吸を穏やかにする。首にかかる圧迫感が増していく。
「その代わりさ、ヤらせてよ」
「はっ」
 声を漏らした。苦しみからか、今更了解を取ろうとするその精神に対する驚きからか。
「興味あるんだよね。男同士って生産性ないのにさ、何でそんなことすんのかなって。そんなに気持ちいいの」
 知らないくせに、こんな真似をしているのか。生理的に滲んで来た涙で、視界がぼやける。
「いいよね」
 顔に生暖かい息が掛かった。目尻を舐められる。選択権はないようだ。

 次に目が覚めた時には、与えられた客室にいた。元々一人用のベッドだ。万斉が起き上がると、すぐ脇で寝ている神威は寝返りを打った。途端、万斉は動きを止めた。寝息を立てる神威を見やり、なるべく静かにベッドから降りる。
 つきり、と脇腹が痛んだ。何事かと思えば、小さく四箇所、皮膚が抉れている。血は固まりかけていた。小さな小さな赤い三日月。爪の跡だ。
 息を吐いて、万斉は持ってきていた浴衣に袖を通す。それから三味線を手に取った。手近な椅子に胡座を掻き、構える。
 一掻き、鳴らした。多少狂っているが、今は気にならない。
 眠る神威を見やって、やがて万斉が奏で出したのは緩やかな旋律。
「う、ん」
 曲が始まってしばらく。神威が起き上がった。
「おはようでござる」
「おはよ」
 言葉は交わしても、楽器を弾く手は止めない。
「それ地球の楽器だよね」
「いかにも。三味線でござる」
「ふーん」
 熱心に見つめる割に、声は平坦である。
「何弾いてんの」
「子守歌を」
「俺に?」
「左様」
「何で」
「聞こえた故」
「万斉さんの言うことは、よくわからないや」
 神威は首を傾げた。ベッドの上に座り直す。説明を期待しているらしい。
「そうでござるな」
 万斉は最後の和音を鳴らす。楽器を壁に立てかけ、神威の隣に腰掛けた。
「お主は死にゆく者を安らかな眠りに導くつもりなのでござろう」
「うん。あ、俺から子守歌が聞こえたっていうことね」
「流石、第七師団団長殿は物分かりが良いでござるな」
「からかってるの」
 笑顔で、神威は万斉の脇腹を抓る。丁度、爪痕のあるところだ。流石に痛い。
「まさか」
 痛みに顔を歪ませることもなく、万斉は神威の頭に優しく手を置く。
「あとそれに」
「まだあるの」
 神威が抓るのを止めた。万斉は無表情のまま、杏色の頭を撫でる。
「まるで母の面影を求めるような歌でござった」
 小気味良い音が鳴った。万斉の手がはねのけられる。
「万斉さん」
 神威の笑顔は変わらない。
「殺しちゃうよ」
 赤子のように、無垢な笑み。万斉も僅かに唇を歪ませた。
「気分を害したのであれば、謝り申す。失礼仕った」
「あーああ、何か急につまんなくなっちゃった」
 大袈裟に首を振って、神威はベッドから降りる。
「万斉さん、やっぱり不採用。面倒臭いこと言う人、俺嫌いなんだよね」
「それは残念でござる」
「よく言うね」
 脱ぎ捨てた衣を手早く身に纏い、神威は部屋の戸の前に立った。
「じゃあね、侍のなり損ないさん」
 戸が開き、神威が出て行く。その背中が見えなくなってから、万斉は嘆息して脇腹を押さえた。
 血が滲んでいた。

夢現に、温もりを探す。

aferword

 神威兄さん、お誕生日おめでとうございます。<br />
 神万という、恐らく超マイナーどころでお祝いです。しかし神万だなんて、字面が凄いですね。<br />
 これからもお付き合い頂ければ幸いです。

20090601 縁