突然鳴った携帯に眉を顰める。メールではなく、電話の着信音だった。
 携帯に電話を掛けて来るのは、ほとんど寺門通だ。歌詞が浮かんだという明るいものから、先輩歌手にいびられたという泣き言まで。しかし先程、彼女自身がメールして来たばかりである。新しい歌詞が出来たからパソコンに送っておいた、と言って。だからこそ、確認の為にパソコンを立ち上げたのである。
 キーボードを叩く手を止め、右耳だけヘッドフォンを外す。
「はいもしもし、つんぽですけど」
――「……しばくぞ」
 短く返された声に、一気に血の気が下がった。
「晋助が、何故」
 間違えようがない、晋助の声だ。
――「俺がてめェの携帯に電話かけちゃまずいのか」
「いや、珍しいこともあるものだと思っただけでござる」
 基本的に天人の機械を好まない晋助である。鬼兵隊の作戦で用いるのは構わないようだが、私用で使っているのは見たことがなかった。
「して何用でござるか」
――「てめェの母親は、生きてんのか」
 全く流れが読めない。白夜叉の剣筋並みだ。
「さあ、知らぬが」
――「そうか」
 それきり、晋助は黙ってしまう。ノイズが二人の間を繋ぐ。
 万斉は淡く微笑を浮かべた。
「晋助」
 優しく、先を促す。電話口の向こうで、口を開く気配がした。
――「てめェの母親に言っとけ。俺が感謝してたってなァ」
「晋助が、拙者の母上に? また何故」
 予想外すぎる。とっさに追及したら、盛大な舌打ちが返って来た。
――「黙っとけ、つっぽが」
 違う。確かに最悪の間違い方はしなかったが、何かが決定的に間違っている。
「つんぽでござるよ」
 まさか晋助にこんな訂正を入れる日が来ようとは、夢にも思わなかった。
――「名前に訂正入れるなんざ、いちいち細けェんだよ。大体てめェは薄着しすぎだの好き嫌いするなだの、言うことが母親面してて気に食わねェ」
 今日は晋助の中で、母の日なのだろうか。困惑しながらも、立ち上がったパソコンを操作してメールボックスを開ける。ダブルクリックはしたものの、ウィンドウが開くには時間がかかった。
――「気に食わねェが、まあ今日ぐらいは大目に見てやる」
 殆ど囁くような声だ。何か悪いものでも食べたのか。
「晋助、何かあったのでござるか」
――「うるせェ、今日は帰ってくんな」
 言っていることが滅茶苦茶である。しかし万斉が問い掛けようとする前に、電話は一方的に切れてしまった。
「何事だと言うのでござる」
 無情な電子音を漏らす携帯電話を手の中で転がす。答えが見つからないまま、万斉はまたコートの内側へ携帯を滑り込ませた。
 問題はなさそうだが、普段と様子が違ったのは事実である。早めに仕事を切り上げて船へ帰った方が良さそうだ。
 パソコンに向き直れば、メールボックスが開かれていた。新着メール一件。迷わずクリックする。
 画面に表示されたそれを見て、万斉は口角を持ち上げた。
 メールにあったのは、新しい歌詞ではない。『つんぽさん誕生日おめでとうございます』とチョコレートで書かれたホールケーキ。
 すぐさまパソコンを閉じた。頭の中に最も近いケーキ屋までの道筋を思い描く。ショートケーキがいいだろうか、それともシフォンケーキ。チーズケーキやチョコレートケーキという選択肢もある。ああ、本人に直接訊いた方が早いか。
 三味線を背負って身支度を整える。仮住まいであるアパートの部屋を出る直前、万斉は立ち止まって再び携帯を取り出した。着信履歴の一番最新の番号を押す。
 ヘッドフォンは首にかけた。携帯を耳に当て、ワンコール、ツーコール。
――「なんだ、とっぽ」
「それはチョコレート菓子でござるよ」
 今は何を言われても笑顔で返せる気がした。一人なのをいいことに、万斉は零れる笑みを隠しもしない。
「晋助、どんなケーキをご所望でござる」
――「てめェの食いてェもん買ってくりゃあいいだろうが」
 そう言いつつも、間髪入れずに
――「甘過ぎねェでさっぱりした奴にしろ」
 命令口調で言って来る声。耳が心地良い。くすぐったくて、天井を仰いだ。
「晋助」
 電話口の相手の顔を思い浮かべる。
「ありがとうでござる」
――「とっととケーキ買って来い」
 即座に切れる通話。携帯は先程と同じ唸り声を吐き出していたが、万斉の耳には違って聞こえた。携帯をしまい、ヘッドフォンをかける。
 緩んだ頬は、しばらく戻りそうにない。
調子外れに歌い上げる、バースデーソング。

aferword

万斉誕生日おめでとう!
甘々を目指した結果、総督がツンデレになってしまいました。多分甘々など書く機会は稀でしょうが、これからもお付き合い頂ければ幸いです。

20090520 縁