名前、僕の名前、何で僕は君を失くしてしまったんだろう。
あれほどまで鈍感で憎めない、僕の名前

当然といえば当然のことだった。
僕は沢田のせいで、こうやって命を奪う仕事に就くことになって、それに対して君は余りにも無垢なんだ。
沢田の正式な部下としてイタリアに赴任する前から、日本にいるときから、僕はたまに硝煙と血の匂いを纏って帰宅していた。もちろん、無意識にしたことであって、名前を困らせようとしたわけじゃない。
でも、そんなときに名前は必ず「恭弥君、また人をころしたの?」とちょっぴり悲しそうな顔で僕に訊いた。
事実だし、もう仕事だからどうしようもない。何よりやらないとやられる、弱肉強食の世界に僕は生まれたときから生きているようなものだから、自然の摂理に等しいことだった。
なのに、名前は普通の草食動物だから、それが酷く惨いことに思えるらしい。
「恭弥君が人を殺して傷つくのを見たくない」
そんなことをよく言っていたけれど、違う。
僕が人を殺したときに一番傷ついてたのは、殺された奴でも無いし、僕でもない。君、名前だったんだ。
名前は、自分が怪我をしたときに僕が酷く怒るのを知っていたから、ずっと言わないこともたくさんあった。
服を脱がせて初めて傷跡に気づいたこともあった。
だから、僕が人を殺すことで自分が傷つくということを隠したくて、あんなことを言ったんじゃないか。
ずっと、そう思っていた。

もし、そうだとしたら僕はどうしたらよかったんだろう。
僕が人を殺すのは、仕事だから。
昔っからこのトンファーと共に一匹狼の立場を貫いてきた僕が、唯一協力していいと思っているのがボンゴレファミリー。
ボンゴレファミリーがマフィアのファミリーで、マフィアは殺しあうものだから、僕も一員として殺しあう。
それが、表向きの理由。
でも、本当は違う理由もある。
僕がマフィアなんかに足を突っ込んだせいで、名前まで「ヒットマンの妻」ということで敵対ファミリーに襲われる危険がある。
それを阻止するために、名前の目の前で名前を狙った敵を殺すこともできるけれど、それじゃ名前を泣かせてしまう
だから、僕はずっと、名前の見えないところで名前を狙うかもしれない敵対ファミリーを潰してきた。

一昨日、僕にイタリアにいる沢田から電話が掛かってきた。
「もう日本にいる敵の要注意人物は殲滅して、各支部は工作員に見張らせてるから、雲雀さんはこっちに来て敵の一流ヒットマン潰しを始めて欲しいんだ」
何て答えたかは覚えていない。
でも、たぶん承諾する旨の音を僕の声帯が発したんだと思う。

昨日、名前が寝てから荷物をまとめて、ベタに置手紙なんて置いて、逃げるように出て来て、沢田が手配してくれた飛行機でイタリアに渡った。
逃げるように、じゃない。本当に夜逃げっていうんだ。
とにかく、ボンゴレのメンバーが名前を今後10年護衛するように手配して、名前には「僕はイタリアに渡るけど、君は自由にしていい」と書き残して、僕は逃げ出した。

ボンゴレの幹部には絶対にいえないことだけれど、怖かった
名前を失くすことが。名前を誰かに殺されることが。
いや、それよりも名前に恐れられることが、嫌われることが。
怖くて、逃げた。
名前を大切にしたくて。
そのために、自分が傍に居ちゃいけなかったから。逃げた。
誰よりも名前を大切にしたいから、名前の傍になんていられるわけが無いんだ。
名前のせいで僕は怖がりになった。
でも、名前を大切にしたかったことだけは、誰にも負けない。

ふと、飛行機の外が気になって、窓を覗き込んだ。
青白い雲の上に、煌々と満月が僕を嘲笑うように光っていた。

(明日くたばるかも知れない 只伝わるものならば僕に後悔は無い)

aferword

このお話を書いたのが2年前だという恐怖。加筆修正日でさえ2008/08/04って……orz
タイトルと最後の一文は、は椎名林檎さんの「勝訴ストリップ」に入ってる「月に負け犬」より。すごく好きな曲なので合ってる自信がない。

2009.02.16 遠子