窓から僅かに差し込む月の光が、少女のうずくまる部屋を薄明かりに包んでいた。
狭い部屋にベッドが一つ、布団が一つ。置かれた枕は白と紺。男物の寝巻きが乱雑に脱ぎ捨てられた布団の上で、紺色の枕を抱きしめて嗚咽をかみ殺している少女の名は、名前
世界を使徒から守る特務機関NERVに所属するエヴァンゲリオンのパイロットの六人目にして、全ての始まりのエヴァンゲリオンを乗りこなすため育てられた少女は今、一人の使徒の死を悼んでいた。

NERVは、そして世界は、使徒を人間に害為すものとして排除してきた。しかし本当に全ての使徒が人間を滅ぼすために現れたのか?
少女にはわからないことばかりだった。
つい今朝まで、ベッドで眠る彼女を優しく起こしてくれていた少年は、この布団で眠っていた少年は、人生の殆どの時間を共にした少年は。彼は、渚カヲルは、使徒だった。
初めからわかっていることだった。人間としての形はあるのに人間としての名前を持たず、自らをタブリスと呼んでいた少年に名前をつけたのは彼女で、おじい様たちが彼を人間になりすまさせて育てている理由がロクでもないものだと薄々気づいてはいた。でも、カヲルと過ごす楽しい日々の持ってしまう意味から眼を背けるため、ずっとカヲルを人間だと思って暮らしてきた。

今朝、起きたらカヲルは妙に優しい顔をして「行ってくる」と言った。何も考えずに笑って「行ってらっしゃい」と答えた私を一瞬見つめたカヲルは何かの衝動に流されるように私を抱きしめて、首に唇を落とした。
「じゃあね、名前
違和感を覚えて抱き返そうとした時には、カヲルは出て行っていた。寝巻きがそのままだったから何か急ぎの用事でもあるのだろうと自分を納得させていた。
朝ごはんを摂り、後片付けをしてからNERVに行ったら、発令所には警報が鳴り響いていた。
「リツコさん、何があったんですか?」
名前、使徒よ。シンジ君が今追っているわ。」
「え、追ってるって?」
首をかしげた時にオペレーターの報告が上がった。
「目標、第五層を通過!」
「!まさか、本部内に?」
「そう。突然、ATフィールドが発生して、今はセントラルドグマを降下中。シンジ君の後にアスカが行ってるから、なんとかなるとは思うわ。」
「映像が入ります!」
その時の衝撃を、私は一生、忘れることは無いだろう。ふわふわと漂い、重力加速度を完全に無視したゆったりした等速運動でセントラルドグマを降りていたのは、カヲルだった。
「フィフスチルドレン?!」「カヲル!」
間もなく追いついた初号機のプログナイフもカヲルのATフィールドの前には役に立たなかった。
NERVはカヲルを止める手段など、持っているはずがなかった。カヲルは第十七使徒であると同時に、優秀なエヴァンゲリオンのパイロットだったのだから。

その後のことは、思い出したくない。カヲルの強力なATフィールドによりこちらの電波が全て遮られ、もう一つATフィールドが発生し、いつカヲルが亡くなってATフィールドが保てなくなったのかを計る術さえ奪われた。
その強力なATフィールドが解かれると同時に初号機、弐号機がセントラルドグマを帰って来て、カヲルの死のみが私に伝えられた。

あのとき、私はあったであろう制止を振り切ってエヴァに乗り込んでシンジ君たちを倒すべきだったんだろうか。サードインパクトから救われる世界、サードインパクトを防がないことで救われるカヲル。
どうすればよかったんだろう。
わからない。

「カヲル…。」
カヲルの残滓が漂っているような気がする枕に顔をうずめる。
「帰って来てよ…」
返事があるはずが無いと知っていながら、喉から漏れる声を抑える気力さえもう残っていない自分が情けない。
「こんな弱かったんだ、私…カヲルが居ないと、もうダメね。」
「カヲル…私も、リリンに生まれなければよかったのに。」

aferword

生きてる間はこんなに暗くない子です。そのうち書きたい連載の子でした。

2009.02.16 遠子